Shimane-Wandelinger第4話【おろちの里】

参拝の記録・記憶

<前回までのお話>
 島根県内で出雲大社周辺の荒神社を調査したさすらいは、翌日、常世神社と出雲大社を訪ねた。
 参拝後、一路東へと向かい大蛇終焉の地・木次町きすきちょう(雲南市)へ入った。
 斐伊川ひいがわのそばにあり『出雲国風土記』にも記載される古社・斐伊神社と、ヲロチの首を埋めた霊地「八本杉」をお参りした後、偶然お目にかかった宮司さんから貴重な話を伺うと、さすらいは再びヲロチゆかりの地を目指した。

第四話「おろちの里」

 ヤマタノヲロチに関する伝承地は島根県内にいくつかあるのだが、ここまでで少し予定を押してしまったので、加茂町にある八口神社は断腸の思いでパスすることにした。
 次にさすらいが目指した目的地は「天が淵」と呼ばれる場所である。
 大まかな場所しか判らないのでナビは適当にセットし、蛇行する大河・斐伊川に沿うように南へ走った。

 天が淵は地図にも記載があるくらいだから結構目立つスポットだろうと高をくくっていたのだが、「あれ?この辺じゃね?」って所を通過して「いやさすがに行き過ぎてるよな」ってな所まで来ても見つからなかった。
 一度引き返してみたが、それらしい場所も案内も無い。
 ハザードの音を聴きながら地図とナビを照合させてみるも、表記の地点には側道すらなかった。
 「車で入れないような奥地か?」
 再び南下しながら、歩いて探そうかという考えが過ぎったが車を停められる場所が無く(二車線の国道で結構大型車も通る)、目的地を見つけられないままずるずると進んでしまう。
 あんまり無視してぐにゃぐにゃ走ったせいか、ナビもだんまりを決め込んでしまった。
 何処かに地元の人でも居ないかと人の姿にも注意を払ったが、ねこすら見当たらないので聞き込みもできない。このままではお土産を買う時間も無くなってしまう。
 天が淵はヲロチが棲んでいた場所だという話なので、地元ではあまり公にしていないのかも知れない、と唇を噛んだ。
 仕方がないのでここも飛ばすことにして、その先のスポット「石壺神社」へ向うことにした。

 しかし懸念は晴れなかった。
 石壺神社は天が淵と違って地図に記載されていないからである。
 だいたいの場所は把握していたが、現地で自力で見つける必要があった。

 その嫌な予感は的中した。
 トンネルの手前(木次町)にありそうなはずなのに、トンネルを通過して仁多町(奥出雲)に入ってもそれらしき神社は見当たらなかった。
 Uターンせねばならないなと思っている間に、ダム湖に隣接する道の駅があった。しかも「おろちの里」という素敵なネイミングだ。
 何か情報が得られるかも知れぬ。

 

 このダムは尾原ダムといい2012年にできた新しいダムだった。
 さすらいが普段使う地図は市町村合併前のものが多いので、このダムはまだ地図上に存在しなかった。
 地形が変わってしまったせいで見落とした可能性があった。
 神社は水底に沈んだのだろうか――。奈良県の丹生にう川上神社もダム建設で場所が変わってしまったのを思い出す。
 ここのダム湖には「さくらおろち湖」という名が付けられたらしいが、その響きも何だか虚しい。
 しばらく眺めて居たが龍蛇の気配はまるで感じられなかった。
 遠い湖面を見つめるさすらいのすぐ後ろを、大型のダンプカーが疾走していった。

 湖をバックに記念撮影をしたさすらいは運転席でしばし腕組みをしていた。
 日は傾きつつあった。朝には真青だった空が薄雲のせいで色褪せてきたのも、テンションを下げた。
 旅の最後は奥出雲で美味しい水でも飲んで帰るつもりだったが、その時間も無さそうだった。
 「こんなことなら、八口神社へ行けば良かったな」
 地図を助手席へ放って、ため息をつく。
 このまま帰るか、それとももう少し探してみるか――。
 目の前の道を、ダンプカーが横切っていく。
 あのダンプは何処から来るのだろうか、ふと気になった。
 調べてみると、ダムを通過して道なりに行けばトンネルの手前に出るらしいことが判った。
 最後は車窓からダムを見て帰ることにした。

 もうじき国道へ合流するという所で不意に視界が開けて、一瞬、川の向こう岸に鳥居と社殿らしき建物が見えた。
 お?と思う間もなく、「石壺神社」と書かれた看板を見つけた。
 その看板が示す矢印に従って行くと、大きな橋があり、その先に午後の日を浴びる神社が遠目に見えた。
 「あった、あった! あれだな」
 不思議なもので、すっかり帰るつもりでいたのに引き寄せられるかのように見つけてしまった。

 橋は割と新しいもののようで、所々にヲロチが意匠されていた。
 参拝の前に、社頭を流れる川を覗き込んだ。
 水流の中央部分は浅瀬なのか枯れ草の束がぽつぽつと生えていて、まるで大蛇の鱗文様をほうふつさせた。
 「これが斐伊川か」
 その悠久の流れにしばし魅入った。

 

 石壺神社の鳥居と狛犬は新しいもので、どちらも平成十二年に奉納されていた。
 狛犬は本殿の脇にも古い個体のものがちょこんと置かれてあった。

 

 主祭神を祀る大きな社殿は出雲でもうおなじみの様式「大社造り変態」である。千木ちぎももちろん垂直切りだ。

 

 白梅の咲く境内の右手にも古い鳥居があり、その奥にメインの社殿と並んで「杵築きづき神社」があった。
 かつての出雲大社と同じ名を持つのとは裏腹にずいぶんと小さな祠である。良く言えばかわいらしいが、悪く言えば玩具のようだ。
 けれども、細い注連縄しめなわ紙垂しでの存在から、この社殿の神が決して見捨てられていないことを物語っている。
 杵築神社の右隣には「荒神社」と彫られた石碑が立っている。

 

 

 参拝対象の尾呂地神社は境内の左手の少し離れた場所にぽつんとあった。
 背後に建つ物置らしい小屋が大きく見えるほどの、小さな石の祠だった。
 比較的新しいのか、常世神社の境内で見かけた今にも崩れそうな祠とは違って、屋根こそ黒ずんでいるものの厨子ずしの部分は真っ白といって差し支えない。
 その屋根は千木を載せた意匠いしょうで彫られ、千木の先端は垂直に切られている。
 厨子の扉には金属のバーが嵌められ、南京錠でがっちりと施錠し、更に注連縄が掛けてあった。いったいどんな御神体だろうかと想像も膨らむ。

 

 

 尾呂地神社を念入りに参拝回向えこうしたさすらいは、先ほど渡った橋を見にいった。
 尾原橋といい、平成十年竣工と記されてあった。
 橋の中ほどまで歩いて斐伊川を眺めた。上流の方は青黒い水面に小さな波を立てながらゆったりと流れている。そのさざなみの軌跡が白い龍蛇に観えた。

 

 

石壺神社
鎮座地:雲南市木次町平田1960
御祭神:武雷命たけみかづちのみこと齋主命いわいぬしのみこと、天児屋根命、比咩大神ひめおおかみ
合殿:若宮八幡宮(譽田別命、玉依姫命、息長足姫命)
<境内社>
社日社/(天照皇大神、大己貴命、少彦名命、倉稲魂命、埴安命)
杵築神社/(大山祇命、素盞嗚命、大己貴命)
尾呂地神社/(蛇神おろちのかみ
荒神社/[空白]
 当社は『出雲国風土記』の「大原社(岩坪大明神)」である。創立年は不詳。
 当地は仁多郡の三沢村郷内で尾原村と言われていた。社地はの大川(斐伊川)の屈曲した川に囲まれて独立した岩山(岩壺)で、その山容は巨大な亀が大川に対するが如しで亀山と呼ばれた。
 『神代藻塩草』(江戸期)の「出雲社記」には、雲州仁多の佐白さはくと大原郡中久野村の境に八岐大蛇が斬られた八頭坂やとざかがあり、その坂を西に下った斐伊鄕に八本杉があって大蛇の頭が祀られてあり、尾原村には大蛇の尾が祀られてあるとの記述が見られる。
 当社の上流の北原と尾原地区にダムの建設が決まったため、当社は平成12年10月28日に新築社殿へ遷座した。(境内案内板より主意)

(*『神代藻塩草』は江戸中期の垂加神道家・玉木正英の日本書紀講義書『神代巻藻塩草』と思われる。)
 
 この由緒も不思議な点がいくつかある。
 「大原社」なのに何故か「岩壺神社」と名乗っている。『風土記』には「岩壺社」も掲載されているのだが、頭註では斐伊川と阿井川の合流点にある「御碕神社」が該当するとあって、「大原社」の方は仁多町の「大原神社」が該当するとしている。旧社地が何処か判らないが、移転に際し御碕神社も合祀されて名称変更したのだろうか。それとも単に通称の「岩坪大明神」を残しただけなのか。
 また『風土記』の記載は社名のみで祭神は不明である。現在の祭神はここに記された通りなのだとしても、その由来はよく判らない。筆頭に挙げられている武雷命は、前回(第三話)の斐伊神社に祀られていた樋速日神の次に生れた弟神であるが、タケミカヅチ、フツヌシ(イハヒヌシ)、アメノコヤネ、ヒメガミの四神は一般的には春日大社の祭神として知られ、藤原氏と関係の深い神である。
 ヲロチの死と関係の深い二つの土地に祀られた兄弟神――、どちらも『風土記』に載るほどの古社である。無関係ではないだろう。荒神社の祭神が空白なのも意味深というか、謎である。
 由来が不明なのは尾呂地神社も然りである。ただどうやら「尾」が祀られているのは確からしく、「尾原」という小字名にも関係がありそうである。小さな石の祠しかないことは、八本杉に社殿が無いことを思えば不思議というほどではないか。しかしその御神体に、「其の長さは谿八谷たにやたに峡八尾をやをに渡りて」と言われたかつての面影はもう無い。

 

<おみやげ紹介>
『出雲の大国さまの茶だんご』
 「だいこくさま」が「大黒」じゃなくて「大国」表記なのが出雲らしい。うさぎのイラストもかわいいし、速攻で決定。
 あんを抹茶団子で巻いてきな粉をまぶしつけ、竹串で二つ連ねた団子。個別包装。出雲産の抹茶が使われてます。食感はもちもちではなく、ふにふに。(未開封で一月程度日持ちします)

 

『しまねっこいちじくシフォンケーキ』
 もう一つは迷った末にこれに決める。
 ゆるキャラのしまねっこがかわいくて、島根県産のいちじくジャム使用。こちらも個別包装。(未開封で一月程度日持ちします)

 

『出雲大社 絵馬(うさぎ)』
 出雲大社のうさぎの絵馬です。うさぎ以外もありました。

 

【参考】
秋本吉郎校注『日本古典文学大系2 風土記』(S33/岩波書店)
山口佳紀・神野志隆光 校注訳『新編日本古典文学全集1 古事記』(小学館/1997)
鹿児島大学デジタルコレクション(https://dc.lib.kagoshima-u.ac.jp/en/search/display/0104420002)
コトバンク「玉木正英」(https://kotobank.jp/word/玉木正英-94289)