渋谷金王八幡宮(東京都渋谷区)

この記事は「東京でぜひ行きたい!おすすめの神社6+2」からの単体切抜き記事です。

 

【金色の龍と元祖3Dビジョン】渋谷金王八幡宮
読み方:しぶや-こんのう-はちまんぐう
鎮座地:東京都渋谷区渋谷3-5-12
最寄り駅:副都心線・渋谷駅(東口)
JR渋谷駅からの行き方⇒「東口」改札の方です。「C1」出口を目指してください。「C1」を出ると左手に首都高(六本木通り)、右手に渋谷署が見えるかと思います。そのまま首都高沿いに直進するとドトール・コーヒーがあります。ドトールを越えたら次の筋を右折。右折したらもう見えるかと思います。

(『ジョルダン』の地図はコチラ
祭 神:応神天皇(品陀和気命)
御朱印:あり

 


金王八幡宮拝殿と狛犬(明治33年奉納)

 

<由緒A>(『江戸東京はやり信仰事典』)
 秩父武綱・重家が後三年ごさんねんの役の戦功で源義家から河崎姓と谷盛庄やもりのしょう(当地)を賜る。その際、八幡神の加護を願って社殿を建て、秩父妙見山八幡社から月輪つきのわの旗を請い受け御神体とした。
 重家に代替わりすると、姓を渋谷に改めた。
 重家の子は金剛夜叉のお告げで生れたという伝承をもち、金王丸と名づけられた。
 金王丸は源義朝に仕えた後、出家して土佐坊昌俊とさのぼうしょうしゅんと名乗る。源賴朝の命を受けて京都堀川で義経を襲撃するも討たれる。
 賴朝は建久二年(1191)に社殿を修築し、境内に桜を植えたという。この手植えの桜自体は現存しないが、ぎ木されたものは一重ひとえ八重やえの花が交錯して咲く名木として江戸期に評判となり、広重ひろしげの『江戸百景』にも紹介された。芭蕉の句碑も残る。

<由緒B>(『金王八幡宮参拝の栞』)
 寛治六年(1092)鎮座。
 秩父別当平武基は軍用旗を秩父妙見山に奉納し八幡宮として崇めていた。
 1087年、武基の子武綱は、嫡子の重家と伴に源義家の軍に加わり、後三年の役で功を立て、河崎土佐守基家の名と武藏谷盛庄を賜る。
 義家はこの勝利を、基家の尊崇する八幡神のおかげだとして、妙見山に奉納された旗から「月の旗」を請い受け、当地に八幡宮を勧請した。
 重家の代には禁裏きんりの賊を退治したことで堀河天皇より「渋谷」の姓を賜り、当社を中心に館を構えて居城とした。
 これが渋谷の地名発祥の起源とも言われ、渋谷八幡宮は青山・渋谷地区の総鎮守となったが、重家の子・金王丸が名声を馳せたことで金王八幡宮と呼ばれるようになる。
 例祭:9/14(+例祭後の土日)

 

金王丸について
 重家には子供が無かったので、夫婦で当社に祈願を続けたところ、妻の胎内に金剛夜叉こんごうやしゃが宿るという霊夢を観想し、男子が生れた。
 金剛夜叉は五大明王の一つで、密教の中でも真言密教だけに見られるという特徴がある。(台密たいみつでは金剛夜叉の代わりに烏枢沙摩うすさま明王を加える)
 したがってこの逸話は、真言密教との関係が深いことを暗示する。
 金剛夜叉から「金」の字を、明王から「王」の字をとって、男児は金王丸と名づけられる。永治元年(1141)のことであった。
 保元元年(1156)、十七歳になった金王丸(渋谷常光)は源義朝の配下で保元の乱に参戦し戦功を上げたが、数年後に平治の乱で義朝が敗れると、剃髪(出家)し土佐坊昌俊と称して義朝の霊を弔った。
 しかし源賴朝が平家追討のため挙兵すると、義経に謀叛の疑いを掛け、その討伐を昌俊に命じた。
 文治元年(1185)、昌俊はわづかの兵で義経の館を襲撃したが、逆に討たれた。
 毎年三月最終土曜に行われる金王丸御影堂(末社)の例祭では、金王丸が彫ったと伝わる自身の木像が御開帳される。

 

金王桜とは
 長州緋桜という品種で、一つの枝に一重と八重の花が混じって咲く。
 文治五年(1189)、源賴朝が渋谷高重の館に立寄、当社に太刀を奉納。そのときに、父義朝に仕えた金王丸の忠誠を偲んで、鎌倉亀ヶ谷かめがやつの居館から憂忘桜を移植して「金王桜」と名づけたという。(『社傳記』明応九年[1500]成立)賴朝奉納の太刀は伝来しているようだが、特に文化財には指定されていない。(参考『金王八幡宮参拝の栞』)

 

 現社殿は慶長十七年(1612)に造営。権現造り。渋谷区指定有形文化財。
 八幡系の神社にしては朱塗りで派手だなと思ったら、殿内は昭和五十八年(1983)に、外装は平成七年(1995)に塗り替えが行われていた。
 拝殿の左右上部に空間が設けられ、そこへ大型の彫刻が丸ごと設置されているのは珍しいかも。
 蟇股かえるまたの中央に彫刻を配置するのは割とあるんですが、こちらは完全に見せる目的ですし、とにかくでかい。
 ノリとしては仁王像とか狛犬とかに近くて、左右でポーズがほぼ同じなのが面白いですよね。組合わせも変わってるし、その見つめる先(左下)に何かあるのか。正面の金色龍も同じ方向を向いてるんですよねえ。
 一応公式の説明では、ばくは「世の安寧」、虎は「正しいまつりごとへの祈り」が籠められてるそうですが、他にも隠された意味がありそう。
 寺社建築の動物は祭神と関係がある(神使)の場合のほかにも、結構意味があって、貘は火災除けの意味もありますが虎は謎ですね。一般的には毘沙門天絡みで見かけますが金王丸は金剛夜叉だし。

 

<末 社>

御嶽神社