『絵馬』ーその変遷と歴史ー

信仰・儀礼

絵馬とは
「社寺に祈願のために奉納する絵入りの板額。起源は古代における神への生馬献上の習俗」(『神道史大辞典』)
とあるように、元来は生きたお馬さんだったものが、やがて板へ描かれたものへ代替されて定着したとされます。


 生馬から絵馬への間には、土や木でこしらえた馬形(馬のお人形)があります。古墳でよく見られる埴輪はにわもそうしたものの一種でしょう。
 彩色されたお馬さんの形代かたしろを、神馬じんめとして神社の境内で見ることもあります。


六世紀の古墳(群馬県・上芝古墳)から出土した埴輪



(嚴島神社の神馬)


奉納された馬の銅像(尾﨑神社、岩瀧神社/広島市安芸区)

 奉納された銅像の特徴としては、胴体部分を神紋入の布で巻いて背で結んだ意匠いしょうにされている点です。

「神への生馬献上」という表現では、馬(乗り物)としてなのか、命(供犠)としてなのかどちらにも解釈できますが、神馬である点からは、命としての供犠くぎとは異なるように思います。絵馬は、生馬を献上できない場合の代替品という説もこれを裏付けます。
 いづれにせよ、平安期頃から「絵馬」が奉納されていたというから、習俗の中でも古い部類にはいるでしょう。


 神社の拝殿でよく見かける大型の奉納絵馬は、室町期頃から登場し、画題も馬に限らず武者や歌仙が撰ばれるようになりました。神話に関するものもよく見かけます。

 
大型の絵馬(江田島八幡宮、岩瀧神社)

 しかしこれについては批判もあって、神馬生馬の代わりとなるものだからこそ、絵柄は馬であるべきだとする見解(『貞丈雜記』1784筆・1843刊)や、神を崇敬して奉納されたものか否かで判断せよとする説(『閑窓隨筆』1825)があります。


 一方、小さい絵馬は各神社仏閣でそれぞれ固有の絵柄を載せて配布しており、非常に多彩です。
画題の多くは縁起に因むもので、神社では特に動物が多い印象。

(鳩ヶ谷氷川神社奉納用絵馬)

 参拝者が最も多い時期が正月ということもあってか、毎年干支に因んだ絵柄を用意するところも少なくありません。

 小さい絵馬のもう一つの特徴は、願いが叶った御礼として奉納する以外に、まだ成就していない願い事を書いて奉納するというケースが圧倒的に多いということです。

 奉納者の意識からすると、民俗学でいう強制祈願とは乖離かいりがあるように思いますが、祈願成就の折に納める絵馬を先行して奉納することで、その願いも帳尻合せとして叶わないのはおかしいという考え方が、この儀礼の背景として無関係とも思えません。喩えるなら、「完成後にお金を払う」という従来の契約に対し、「先払いしたんだから判ってるよね」という感覚に近い。
 この点をよく弁えてる一部の神社では、絵馬の書き方として「過去形」で書くことを推奨している処もあります。(但しこの場合、本当に成就したものか否かを第三者が判定することはできず、御利益甚大な神社ということの証明にはならない)

 個人的には、(内容にもよりますが)本当に祈願が成就した暁には、神職と相談の上で相応のものを奉納する方が良いと考えます。

 小さい絵馬は民間信仰の範疇はんちゅうとして、気軽に納めて良いでしょう。大事なことは、冒頭で記したごとく、「神さまへ献上するお馬さんの代わり」ということです。本来の意味を忘れないようにしたいですね。

 


寺社以外の絵馬
近年は更に寺社以外でも絵馬を目にすることがあります。


左:龍姫湖記念札。右:コウペンちゃんの絵馬

 御朱印や御朱印帖の蒐集しゅうしゅうが注目されがちですが、実際に使う(奉納する)こともできる絵馬は、下賜品かしひんの中でも特殊な位置づけのものと言えるでしょう。

 賽銭はあまり気乗りしない、かといって御札や御守を求める(持ち帰る)のは抵抗がある――。そんな人に、そこそこの金額を納めつつその場で掛けられる絵馬をお勧めしたい。

<参考>
東京国立博物館展示プレート
『平凡社版 神道大辞典(1)』初版
『神道史大辞典』

【関連】
うさぎ絵馬のある神社
東天王・岡崎神社(京都)
白兎神社(鳥取)

この記事にある神社
岩瀧神社(広島市)
尾﨑神社(広島市)
鳩ヶ谷氷川神社(埼玉県)