【随想譚】『HACHI Birthday Acoustic LIVE 2024』感想

鑑賞

 きっちりと設けられた開場時間(待機画面)が静かにクロスフェードしてステージの一角が映じると、ネイルきらめく手がキーボードの鍵を軽やかに押すのに合せてピアノの旋律が響き渡る。やがてカメラの視界はぼんやりとにじんで室内の淡い照明器具を映しだす。まるで夜の竜宮城だ。レセプションが終わった後のチルタイムに始まる演奏会。
 アコースティックギターが加わる。アコギを見ると友人のことを一瞬思い出す。そんな傷痕をヴァイオリンとチェロの音色がそっと撫でていく。
 四人の演奏者が扇状に並び、その要[kaname]の位置にマイクを手にしたHACHIがちょこんと腰掛けて居る。俯[utumu]きがちにまぶたを閉じているので座面に圧迫されても見苦しくない太ももを堪能する。
 スポットライトがHACHIを照らす。VシンガーのHACHIを知ったのは「Vtuber歌唱王」(2023年開催)という企画だった。それからちょくちょく歌を聴かせてもらっているが、下半身を見るのは初めてかも知れない。思いのほかセクシーでとても新鮮だ。

 体調不良で一度延期されたライヴ。今日は既に決行されているが、それでもまだどこか不安が残る。いろんなミュージシャンのライヴを見て来たが、やはり一番パフォーマンスの落差がわかるのはボーカルだから。
 ブリッジでの言葉にならない歌声を聞いたとき、その不安はなくなって、大好きな『Rainy proof』の中の、煙草、雨、灰といった印象的な単語にまた友人の面影がちらついてくる。

 そんな境界に立つわたしを振り向かせるような『さよならfrequency』、からの『ばいばい、テディベア』。韻を踏んでいる。
『ばいばい、テディベア』はぬいぐるみさんの歌なのだが、ここまでの流れのせいか友人に重なってくるから不思議だ。

 続く『まなざし』では、力強さと繊細さが織り成す四重奏に乗ってHACHIのメッセージが放射される。別々の道を歩いて行かなければならないのだと。その背中をずっと見ているのだと。

 聴いているとなんだか泪が出るねえ。なんでかな。不思議だなあ。どういう感情なんだろう? うまく言葉にならない。うん。
 なんかね、忘れられて久しい土地を掘ったら思いがけずおもちゃが出た、みたいな。何のこっちゃw いや、これ譬喩[hiyu]ですから。
 あんまりうまくないので言い直そう。雑貨屋で目が合ったぬいぐるみに思わず手を伸ばしてそっとなでた後日そのお店が閉店していた時のような、あるいは好きだった人によく似た面影の人を雑沓で見かけて振り向いたら風が煌[kira]めいているだけだったとか、そういうはっとしてきょとんとした直後にくるさざなみのような感覚。
 きっとそのさざなみが体内の一番深いところまで行って、そこから戻ってきたときに少しばかり零れてしまうんだと思う。それがこの泪。そしてそのさざ波が移動する感覚が鳥肌。
 もちろんそれを感受できる感性というのは人によって差がある(主に経験由来で)
 けれど科学的にも感覚情報は電気信号に変換されて伝達されるというので、概ね原理としては当らずも遠からずといったとこじゃないかな。

 メンヘラのノートみたいになってきたけど「随想譚」(わたしに観えているものについてのお話)なのでご容赦くださいね。(理解ができなくても読む人が悪いわけではない)

 

MCを挟んでカバー曲のパートに入る。
『アンディーヴと眠って』はアコースティックギターだけを伴奏に水中をたゆたうような感じ。
 続く『星月夜』は、水面に浮んで澄んだ夜空を懐かしく見上げていると、波に運ばれていつしか砂浜に着いてしまった。その浜辺に残るただ一人の足跡を、月光が照らしている。足首にそっと触れた波に振り向くと、一つの星が駆けていく――そんな前世の記憶のようなシーンが観える。
『heartache』この曲もやはり、もう会えなくなってしまった人への想いを歌ったものだ。

 今日のライヴで歌ってきた曲はいづれも多かれ少なかれそういったテーマをもつもので、そう思うとこの黒を基調としてキャンドルの灯る会場の雰囲気も、どこか祭壇めいて見え、泡になった人たちに手向けるレクイエムのようにも感じられてくる。
 詩的な歌詞の『グレゴリオ』をもってパートを閉じると再びMC。そこで甘噛みww

 

 後半のオリ曲パートは『Greyword』から。曲調も雰囲気もテーマもガラッと変えてくる。これまでに無かった紅いライトも使われる。強弱を活かした演奏が非常にドラマチックでその様子を捉えた映像が否応なくライヴ感を盛り上げる。

 涼やかな風に似たピアノの旋律に導かれて『Twilight Line』。一転して青が基調になる。ノスタルジックな情景を歌い上げるHACHIの声を弦楽器が後押しする。そのまま一気に駆け上がり炸裂する・・・その美しさ儚さ。過ぎゆく時に抗えない無常に対し「まだ標識はいらない」と高らかに宣言。そうわたしもまだまださすらうんだと、熱い想いがこみ上げる。

『HONEY BEES』は溌剌[hatsuratsu]とした曲調に乗る伴奏が素晴らしく、自然と身体が揺れてくる。HACHIの革ジャンに付いてるベルトもよー揺れとる。

最後を飾るのは『光の向こうへ』
弦楽器の音色が琴線に触れてくる。
この曲の歌詞は結構意味深で幾通りかの読み方ができるんだけど、最後にこれを突き付けて終わるのは『HONEY BEES』でみんなが一つになったことを確信しているからにほかならない。そんな希望と慈愛を歌(声)に昇華して「届かなくても歌うよ」と体現してみせるHACHI。それは決して旅路の終りを告げるものではなく、終焉への未練を断ち切ってみせるものだ。

今年これからの活動も大変楽しみなLIVEでした!

 

追記
絵は未完成ですがお許しくださいね。